チケットが一件、届いていた。要約する。
この手の相談は、数えきれないほど受けてきた。そして毎回、同じ順番でやる。まず、何が危ないのかを一つに絞る。次に、いま自分がつないでいるものを確かめる。道具を選ぶのは、その後だ。順番を飛ばして道具から入ると、要らないものを契約して、要る対策をやらないまま終わる。それを何度も見てきた。
結論だけ先に置いておく。
- 総務省が脅威シナリオの例として描いているのは、通信の傍受ではなく、偽のアクセスポイントに繋いで、IDとパスワードを自分の指で入力してしまうことだ。
- VPNは、その入力を止められない。止められるのは別の場所であって、そこは正直に書く。
- それでも、提供元の分からないWi-Fiに繋ぐ機会があるなら、VPNは費目に足す価値がある。無料の公衆Wi-Fiを配っているドコモ自身が、自社の案内でVPNに触れている。
- 回線プランは、公衆Wi-Fiと組み合わせる前提なら、いま契約している容量より小さいほうが合う場合がある。
切り分け——「何が危ないのか」を一つに絞る
総務省は「公衆Wi-Fi利用者向け 簡易マニュアル」(令和7年2月版)というPDFを公開している。表紙と参考資料を含めて全12ページの薄い冊子だが、そこに置かれている脅威シナリオが、この相談の核心をそのまま突いている。
シナリオを追う。旅行中のAさんが、旅先で使える公衆Wi-Fiを見つける。見たことのないネットワーク名だったが、パスワードなしで繋がったので使うことにした。接続にSNSの認証を求められたので、そのまま打ち込んだ。入力画面のURLは確認しなかった。数日後、自分の名前で覚えのない投稿がされていた。
マニュアルが挙げている原因は一つだ。「それは、悪意をもって設置された偽の公衆Wi-Fiに接続してしまったことです。そのため、入力したSNSのIDとパスワードが盗まれてしまったのです」。
電波を傍受されて中身を読まれた、という話ではない。偽の入力画面に、本人が打ち込んだ。ここが分岐点だ。
「無料Wi-Fiは通信が丸見え」は、どこまで本当か
同じマニュアルには、暗号化の範囲についてはっきりした記述がある。「Wi-Fiの暗号化も重要ですが、守られるのは無線区間だけです。Wi-Fiルーターから先は守られません。HTTPS通信ならアクセス先のサーバまですべて暗号化されるので、仮にWi-Fiが暗号化されていない場合でも、悪意をもった第三者から通信内容を保護することが可能です」。
つまり、鍵マークの付いたページを見ているあいだの中身は、Wi-Fiが暗号化されていなくても、そのページのサーバまで暗号化されている。「無料Wi-Fi=通信が丸見え」という言い方は、少なくともHTTPSのページに関しては言いすぎだ。私はこの一文を、相談窓口にいたころに何度も引きたかった。恐怖だけを配って、確認の手順を渡さない説明は、現場ではほとんど効かない。
ただし、そのHTTPSを確認しているかという話になると、数字は途端に厳しくなる。総務省が2026年7月14日に公表した「令和7年度 無線LAN利用者実態調査」(Webアンケート、調査期間は2026年2月16日〜26日、有効回答はプレ調査10,000件・本調査1,000件のモニタ調査)では、公衆無線LANの利用者532人のうち、偽アクセスポイントの問題を「知らなかった」が60%。HTTPS通信については、「何も知らなかった」が50%で最多だった。
同じ調査では、公衆無線LANを「利用している」が48%。使っていない人の未利用理由の1位は「セキュリティ上の不安」だった。危ないらしいから使わない人と、何が危ないかを知らないまま使っている人が、きれいに分かれている。その真ん中に立てる人を増やすのが、この記事の目的だ。
いま繋いでいるのは、どの種類のWi-Fiか
「公衆Wi-Fi」とひとくくりにされているものは、中身がかなり違う。切り分けの二段目は、その違いを見ることになる。
キャリアが配っているもの——d Wi-Fiの場合
ドコモの「d Wi-Fi」は、カフェ・コンビニ・ファストフードなどで使える公衆Wi-Fiサービスだ。公式ページの記載を並べると、ドコモ回線契約者向けは申込が必要で月額使用料は無料、申込不要の「ゲストモード」も月額使用料は無料。申込には「dアカウント発行」「dポイントクラブ入会」「dポイントカード利用登録」が要る。SSIDは 0001docomo と 0000docomo(ゲストモード)の2つで、同時接続は最大5台まで(MACアドレス単位)。無線区間はWPA2方式で暗号化しており、接続前にユーザー認証を行うIEEE802.1X技術に対応している、とある。
ここまでは「無料でこれだけ整っているのか」という話だ。私が線を引きたいのは、その先に書いてある但し書きのほうだ。
ドコモ自身の記載:「d Wi-Fiで提供するセキュリティ機能は、アクセスポイントと無線LAN機器間のセキュリティを確保するものです」「インターネットを利用して、個人情報などの重要な情報を送受信する場合には、無線LAN機器から通信相手先のサーバーなどまでのセキュリティを確保するTLSやインターネットVPNなどを用いることをおすすめします」
VPNをすすめているのは、VPNを売っている会社ではない。無料のWi-Fiを配っている側が、自分の守備範囲はここまでだと書いている。私はこの種の但し書きを書く事業者を信用する。
そしてもう一つ、同じページにこう書いてある。「d Wi-Fiはプライベートアドレスで接続される(一部スポットを除く)ため、一部VPNがご利用になれない場合がございます」。どのVPNが使えないかまでは書かれていない。VPNを契約するなら、この組み合わせは自分の環境で一度試すことになる。広告記事ではまず出てこない話だが、契約してから気づくよりましだ。
店の貼り紙にパスワードが書いてあるもの
もう一方の種類が、暗号化キーを店内に掲示して共有するタイプだ。総務省のマニュアルは、この形式に一節を割いている。要点は、接続する人全員が同じ暗号化キーを知っている状態になる、ということだ。結びはこうだ。「暗号化キーが分かっていれば、同じSSID(ネットワーク名)と暗号化キーを設定することで、偽の公衆Wi-Fiを設置して、容易に通信内容を盗むことも可能となります。このため、WPA2パーソナル(WPA2-PSK)方式の公衆Wi-Fiについては、暗号化されていない場合と同様に留意して利用する必要があります」。
端末の画面に「WPA2」と出ているかどうかで安心を決めない。同じ表示でも、鍵を配っている相手の数が違う。
診断——VPNが守るもの、守らないもの
ここまで切り分けて、ようやく道具の話になる。
VPNは、端末から事業者のサーバまでの経路を、もう一枚のトンネルで包む仕組みだ。包まれるので、通り道にいる第三者からも、つないだアクセスポイントの運営者からも、中身と宛先が見えにくくなる。守備範囲は、こう分かれる。
VPNが引き受けてくれるもの
・無線区間から先も含めて、経路上の中身を包む(Wi-Fiの暗号化はルーターまでで終わる)
・つないだWi-Fiの運営者から、どこへ接続しているかを見えにくくする
・ブラウザ以外の通信も、まとめて経路に乗る(総務省のマニュアルも、メールソフトやファイル転送の暗号化設定に注意するよう書いている)
VPNでは止まらないもの
・偽のログイン画面に、自分でIDとパスワードを入力すること(冒頭のシナリオはこれだ)
・端末そのものに入り込んだマルウェア
・複数サービスで使い回しているパスワード
VPNに踏み込んだ公的資料としては、IPAが2016年3月30日に公開したテクニカルウォッチ「公衆無線LAN利用に係る脅威と対策」がある。「すべてのサイトが SSL に対応しているとは限らず、また SSL 対応有無を判断しながらの利用は利便性を大きく損ねるため、VPN 通信を利用することを推奨する」と書かれている。ただし2016年の資料だ。10年前の推奨をそのまま現在の結論として持ち出すのは乱暴なので、順番としては、先に総務省の3点(接続先の確認・正しいURLでのHTTPS確認・共有設定の注意)を押さえるほうが先になる。
私の言い方はこうだ。VPNは「入れれば安全になる魔法」ではなく、毎回の確認を一段ぶん肩代わりしてくれる道具だ。確認そのものが消えるわけではない。
処方その1——足したほうがいい人、後回しでいい人
費目として足す価値があるのは、次のどれかに当てはまる人だ。
- 提供元の分からないSSIDに繋ぐ機会がある(旅行先、イベント会場、はじめて入る店)
- ノートPCを外に持ち出す。共有設定を毎回確認する自信がない
- 仕事の資料や取引先とのやりとりを、外で開く
- 出張や移動が多く、Wi-Fiを選んでいる余裕が現実にはない
逆に、後回しでいい人もはっきりしている。自宅の回線とスマホの回線でほぼ完結していて、外ではブラウザしか開かない。この場合、優先度は下がる。買うべきは通信ではなく、たとえばバックアップかもしれない。私は必要のない契約を勧めない。
上の「足したほうがいい人」に当てはまる場合の入口です。自宅とスマホの回線で完結しているなら、優先度は下がります。契約期間・同時接続台数・解約と返金の条件・料金は公式ページで確認してください。
どのVPNを選ぶにせよ、契約前に見る欄は同じだ。契約期間(長期一括の月額は安く見える)、同時接続できる台数(PCとスマホとタブレットで足りるか)、解約と返金の条件、日本語での問い合わせ手段。この4つは、どこの公式ページにも書いてある。書いていなければ、それが答えになる。
処方その2——一つの契約でまとめたい人へ
「VPNだけ契約するのは気が進まない。メールもストレージも、ばらばらに散らばっている」という相談も多い。その場合に候補に挙がるのが、スイス拠点を掲げるProtonだ。
まず試すだけなら、Proton VPNの無料プランがある。公式の説明では「1台のデバイス」「広告なし」「ログなし」「無制限、ずっと無料」。有料プラン側の訴求としては「110以上の国から選べます」「最大10台のデバイスを同時に接続」と書かれている。無料で1台ぶん試せるので、契約する前に、自分の使うWi-Fiでちゃんと繋がるかを確かめられる。前の節で書いた「d Wi-Fiでは一部のVPNが使えない場合がある」のような相性は、試さないと分からない。
まとめる側の受け皿が「Proton Unlimited」(日本語ページでの表示は「無制限」)で、価格ページのカードには「1つのサブスクリプションで最高のProtonを体験」という説明とともに、500 GBのストレージ、無制限のhide-my-emailエイリアス、超高速でプライベートなVPN、暗号化済みパスワードマネージャー、写真およびドキュメント用の暗号化済みクラウドストレージ、高度なアカウント保護が並ぶ(メール向けの表示に切り替えると、15件の暗号化メールアドレスといった項目も加わる)。メール・VPN・パスワード管理・クラウドストレージを別々に契約している人なら、束ね直す先として検討する価値はある。
ここで、宣伝記事なら書かないであろうことを書いておく。プライバシー重視のAIチャットとして知られる「Lumo」は、このUnlimitedのカードの機能一覧には出てこない。Lumo自身のページでは、無制限のチャットや最速の応答は「Lumo Plusにアップグレードすると」という形で案内されている。つまり「一つ契約すればAIまで全部ついてくる」と一括りにはできない。Lumo 自体は Lumo Plus にしなくても使い始められる(公式ページのFAQは、Tor経由のゲストアクセスならログインやProtonアカウントの作成なしでも使えると書いている)ので、AI目当てなら、まずそちらを触ってから考えればいい(Lumoの設計と限界は別の記事で詳しく切り分けた)。
料金は、表示通貨や割引の扱いが閲覧環境と時期で変わるため、この記事では金額を書かない。公式の価格ページで、いまの表示を確認してほしい。
処方その3——回線側を軽くするという選択
ここからは料金の話だ。公衆Wi-Fiを使うようになると、モバイル通信の役割が変わる。主役ではなく、Wi-Fiが無いときの保険になる。保険の掛け金は、必要な額まで下げていい。
いま候補になりやすい4社の、公式ページに出ている内容を並べる。順位は付けない。用途が違えば向く相手が変わるからだ。料金・プランの内容は改定が頻繁なので、下の表は2026年9月5日に各公式ページで確認した時点のものとして読んでほしい。
| サービス | 公式ページに出ている内容(2026-09-05 時点) | 向く人 | 気をつけるところ |
|---|---|---|---|
| ahamo | 基本料金は30GBで2,970円、大盛りオプション(1,980円)を足した110GBで4,950円。いずれも5分以内の国内通話かけ放題つき、テザリングOK。海外は申し込みや追加料金なしで最大15日間、91の国と地域でデータ通信が使える(音声通話・SMSは別料金)。 | 外でも動画を見る。海外出張・海外旅行がある。窓口を増やしたくない。 | 公式トップに出ている基本料金は30GBと110GBの2本で、それ未満の小容量の受け皿はない。Wi-Fi中心の生活に寄せるほど、容量が余りやすい。 |
| 日本通信SIM | 合理的シンプル290プランが月額基本料290円・1GB。通話料は30秒11円で専用アプリは不要。データは1GB単位で最大100GBまで追加でき、使用量の上限設定もできる(支払額は設定した上限ではなく実際に使った量に応じた額)。20GBを標準で使うなら合理的みんなのプラン1,390円(5分かけ放題または70分無料通話つき、追加は1GB 220円)。初期手数料3,300円。エリアはドコモと同じ。 | 家・職場・店のWi-Fiでほぼ足りる。番号は維持したい。使わない月がある。 | 月ごとの波が大きいと、1GBずつの追加が積み上がる。自分の使用量を月に一度は見る前提の設計。 |
| HISモバイル | 音声つき基本プランは1GB 550円(月間データ利用量が100MB未満の月は280円)、3GB 770円、7GB 990円、10GB 1,340円、20GB 2,090円(6分かけ放題付)、30GB 2,970円(6分かけ放題付)。通話料は30秒9円。データ追加は1GB 200円(最大100GB)。初回契約事務手数料3,300円ほかが別途。 | 月によって使う量が上下する。短い電話を数多くかける。 | 20GB以上の価格にはかけ放題が組み込まれている。ほとんど通話しない人には、その分が乗って見える。 |
| 楽天モバイル | Rakuten最強プランは、3GBまで税込1,078円、20GBまで税込2,178円、20GB超過後は税込3,278円で、毎月のデータ利用量によって変動する(料金表20260730版)。データ高速無制限エリアは容量制限なし、海外ローミングは月2GB。混雑時など公平なサービス提供のため速度制御する場合あり。通話はRakuten Linkアプリ未使用時30秒22円。 | 月によって使う量が大きく振れる。上限額を一本で決めておきたい。 | 料金が使った量で自動的に動くため、上限(3,278円)は読めても下限は行動しだい。標準の電話アプリでかけると通話料がかかる。 |
公衆Wi-Fiと組み合わせるときの分かれ目は、予定の読みやすさだ。Wi-Fiが使える場所が読める生活(自宅、職場、通勤路の店、よく行く駅)なら、モバイル側の容量は下げられる。読めない生活(現場を回る、移動が多い、Wi-Fiのない場所で待たされる)なら、下げた分をどこかで払う。
削れる額の計算は、他人の平均ではなく、手元の請求書とだけ比べてほしい。先月の明細を開いて、使ったデータ量を見る。そのうち、Wi-Fiで肩代わりできそうな量を引く。残りが入る容量帯を、上の表から探す。順番はそれだけだ。
チケットを閉じる前に
相談への回答をまとめる。順番どおりに読める形にしておく。
- 繋ぐ前に、SSIDと提供元を確認する。店の案内や貼り紙と一致しているか。提供元が分からないものには繋がない
- ID・パスワードの入力画面が出たら、URL全体と鍵マークを見る。エラー表示が出るなら、そのWi-Fiを使わない判断をする
- 自宅・職場など日常的に使うSSID以外は、自動接続を無効にする
- ノートPCを外で使うなら、共有フォルダを無効にしておく
- 提供元の分からないWi-Fiに繋ぐ機会があるなら、VPNを費目に足す。契約期間・同時接続台数・解約条件・問い合わせ手段の4つを公式で確認してから決める
- メール・ストレージ・パスワード管理が散らばっているなら、まとめる形の契約も候補に入れる。ただし「全部入り」の中身は、カードの記載を一項目ずつ読む
- 回線プランは、Wi-Fiで肩代わりできる量を1か月測ってから変える
「危ないから使うな」で終わる回答は、現場では何も動かさない。使う前提で、どこを確認して、どこに道具を足すかを決める。そこまで決まれば、外のWi-Fiは警戒対象ではなく、ただの便利な設備に戻る。私がこの相談で渡したいのは、その状態だ。